はじめに
前回はAlGaN/GaN Ridge HEMT(GIT-HEMT)のドレイン電流モデルを中心に,ドレイン・ソース抵抗のモデルも考察しました.
今回はRidge HEMT特有のホール注入による過剰電流解析と,モデル化について考えてみたいと思います.
ホール注入による電流 [1]
第13回で解説しました,Ridge HEMTの特徴であるホール注入による過剰電流についてモデル化してみます.再度簡易的なデバイス構造を図1に示します.
図1.Ridge HEMTのデバイス構造(ここでVGSとVDSにはバイアスを印加していません)
ゲート,ドレイン電圧が0Vの時は,図1に示したように,ゲート直下のチャネルが空乏化してゲートにチャネルが形成されないため,ドレイン電流は流れません.
次にバイアスを印加した場合のRidge HEMT動作を,図2を参照しながらバイアス状態ごとに解析していきます.
(a)
(b)
(c)
図2.ゲート電圧によるRidge HEMTの動作.(a) VF > VGS > VTHの場合 (b) VGS > VFでVDS < VFの場合 (c) VGS > VFでVDS ≧ VFの場合
図2(a)のようにゲート電圧が正で,pn接合の順方向ビルトイン電圧VFより小さい場合には,チャネルのポテンシャルが下がりチャネルに電子が発生するので,通常のFETと同様の動作をします.このドレイン電流をIFETとすると,
(1)
全ドレイン電流(IDS)は,
(2)
となります(第15回で言及).
図2(b)の状態では第13回で解説したように,ゲート電圧がVF以上になるとゲートからチャネルにホールが注入され始めます.電子はヘテロ接合のポテンシャル障壁によりゲートには流入しません.チャネル内には電荷の中性条件のため,注入されたホールと同量の電子がソースから移動します.発生した電子は,ドレイン電圧によってドレインに向かって移動します.一方ホールは電子より移動度が数百分の一であるので,ソース側に少々移動するがゲート近傍に停滞します.電荷の中性条件を満たすために,注入されたホールと同量の電子をさらに発生させることになり,注入されたホール数と発生した電子数の比はほぼ等しくなります.しかし,ドレイン電圧がVFより低い場合には,増加した電子がゲート近傍に停滞しているホールと結合するので,その分ドレイン電流が急激に増加することはありません.
つまり,ここでも式(2)となってFET動作します.
さて,図2(c)のように,ドレイン電圧がVFより高い場合には,さらに余分の電子がソースから注入されるためにドレイン電流は急激に増加し,過剰電流(ここではIGITと呼ぶ)が発生します.このIGITは当然無限に増え続けることはなく,最大過剰電流(IGIT0)に制限されます.方程式は以下のように考えられます.
(3)
ここでXλ ホール注入による最大電流の係数です. 一部のソースから発生する電子はゲート直下に停滞しているホールと結合するため,過剰電子が蓄積される領域はとNGFに依存します.
図2(a), (b), (c)を条件別にモデル式を記述していくと,不連続点が発生してシミュレータが収束しません.そこで,統合したモデル式をBoltzmann関数により記述すると以下のようになります.
(4)
ここでVEXホール注入による電流のオフからオンへの遷移ゲート電圧を示します.遷移電圧はシングルフィンガーゲートより,マルチフィンガーの方が大きくなるのでVEXはNGF倍されています.
全ドレイン電流は,
(5)
と表せます.
ドレイン電流のシミュレーション [2]
実際にホール注入による過剰電流特性を確認するには,飽和領域のドレイン電流・ゲート電圧特性を測定します.過剰電流の発生点を確認するために,伝達コンダクタンスGmに変換して解析します.
(a)
(b)
図3 Ridge HEMTの飽和領域Ids-Vgs特性の測定とシミュレーション.(a) Ids-Vgs (b) Gm-Vgs(Vgsは 4 Vから40 Vに2 Vステップ)
図3(a)の破線で囲んだ部分を注意深く観察すると,電流特性の急激な増加点がなんとか確認できます.これをGm特性で観察すると,図3(b)のようにピーク点が現れます.作成したモデル式によるシミュレーションは,測定データに近似していることがわかります.ただ,ここで抽出したモデルパラメータは,チューニングを完全に行っていないため,Vgsが低い領域で合致していません.
今回は割愛しましたが,ゲートチャネル長・幅や,フィンガー数,トランジスタユニット数にもスケーリングできているため,興味のある方は文献 [1]を参照してください.
まとめ
今回はRidge HEMT特有のホール注入による過剰電流解析とモデル化を言及しました.
次回は最後にRidge HEMTの高周波特性モデルについて,考えてみたいと思います.
参考文献
- H. Aoki, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Temperature Characterizations of Multi-Unit and Multi-finger Dependencies on AlGaN/GaN Ridge HEMTs," 2022 IEEE 34th International Conference on Microelectronic Test Structures (ICMTS), (March 2022), Cleveland, OH, USA.
- H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Drain Current Characteristics of Enhancement Mode GaN HEMTs,” 2020 35th Annual IEEE Applied Power Electronics Conference & Exposition (APEC 2020), (March 15-19, Online), New Orleans, Louisiana, U.S.A.
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