前回,高耐圧用ディスクリート素子(DMOS)のVerilog-Aによるコンパクトモデルを作成しました.今回の目的は,作成したモデルについて測定データをもとにパラメータを求めることです。
コンパクトモデル開発工程
以下のコンパクトモデルの開発工程のうち,今回は2のパラメータ抽出例をみてみます.
- 開発したマクロモデルを元に,MOSFET部分のBSIM4モデルにVerilog-Aソースコードを使用し,PNダイオードのモデルパラメータと,モデル式と等価回路を新しく組み込む(第3回)
- パラメータ抽出を実施し,BS170 [1] の電気特性の測定値に合わせこむ(今回)
測定とパラメータ抽出
ここではBS170の直流電気特性の測定値に合わせ込みを行います.実際に回路設計でモデルを使用するためには,加えて,容量特性や温度依存特性も必要ですし,アプリケーションによってはSパラメータ特性,ノイズ特性なども必要になります.しかし,パッケージタイプのデバイスにおいて,それらAC特性の正確な測定は困難です.なぜなら寄生成分(パッケージ,配線など)を求めて取り除く(ディエンベッド)ことが不可欠だからです.
ダイオード特性
最初にソース・ドレイン間のPNダイオード特性を測定して,パラメータ抽出しました.PNダイオードの直流電流パラメータの抽出方法は非常に簡単で,多くの教科書に載っています [2]. 図1,図2はソース電流-ソース電圧によって発生するダイオード特性の測定とモデルの比較プロットです.図中のMOSFETモデルは素のBSIM4モデルですが,ソース・ドレイン間に逆方向ダイオードがないところが,今回作成したDMOSモデルと違うところです.ここでは電流値が大きいためPNダイオードの接合面積を広くしています.
図1.ダイオード特性のシミュレーション結果(線形表示)
図2.ダイオード特性のシミュレーション結果(片対数表示)
ID-VD特性
図3は,ドレイン電流-ドレイン電圧特性の比較プロットです [3].
黒色マークの測定データに比べて,赤線のシミュレーションデータのずれは,自己発熱効果が今回のモデルに搭載されていないために出ています.しかし,測定値とシミュレーション値のズレを計算したところ,RMS誤差は約5%で目的によっては実用可能でしょう.保護ダイオードが動作しないMOSFET部分の特性なので,ID-VD特性はMOSFETモデルとDMOSコンパクトモデルにおける違いはありません.そのため,MOSFETモデルとDMOSコンパクトモデルは重なっています.
図3.ID-VD特性のシミュレーション結果
ID-VG特性
図4,図5は,線形領域におけるドレイン電流-ゲート電圧特性の比較プロットです.
ID-VD特性の時と同様に保護ダイオードが動作しないMOSFET部分の特性であるため,MOSFETモデルとDMOSコンパクトモデルの両方で違いは出ません.このようにドレイン電圧が50mVという微小な条件でもシミュレーション値は測定値に近い値を出しており,シミュレーション精度が高いことが分かります.BSIM4の持つゲート電圧依存抵抗,ドレイン抵抗とソース抵抗の非対称設定を用いているため,ドレイン電流がDMOSの特性に追従できています.
図4.ID-VG特性のシミュレーション結果(線形表示)
図5.ID-VG特性のシミュレーション結果(片対数表示)
まとめ
今回は前回作成したDMOSのVerilog-Aコンパクトモデルについて,直流電流測定とモデルパラメータ抽出を行いました.BS-170のようなデスクリートトランジスタでは,パッケージや配線の寄生成分の除外が困難なため,高精度のモデリングはできませんでしたが,データシートに掲載された容量値などを併用することで,回路設計に使用できるようになります.
次回からしばらくは,高速・高耐圧素子として近年活発に研究開発が行われている化合物半導体デバイスGaN HEMTに焦点を当てて,そのVerilog-Aコンパクトモデル開発を紹介していきたいと思います.
参考文献
[1] BS-170 MOSFET, 「BS-170データシート」,ON Semiconductor / Fairchild, 2011.
[2] 青木均 編著, 嶌末政憲,川原康雄 著,「CMOS モデリング技術」, 丸善出版 (2006).
[3] 八柄源,「修士論文:パワー半導体デバイスのモデリングに関する研究」,帝京平成大学 大学院 環境情報学研究科, 2021年3月.
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