Vol.2 アクティブデバイスモデル開発研究の現状

第9回 ASM-HEMTモデルとMVSGモデルの標準的なパラメータ抽出手順について

はじめに

前回は,物理的モデルでCMC推奨のもう一つのモデル,MIT Virtual Source GaN HEMT(MVSG)モデルの特徴などを調査しました.
今回は,第7回に取り上げたASM-HEMTモデルと前回のMVSGモデルについて,それぞれの標準的なパラメータ抽出方法を比較しながら,実験デバイスの測定データを使用して実施し,両モデルの得意とする特性についてみていきます.
なお,残念ながらここで実験に使用したデバイスの測定・シミュレーション結果は,開発中のため提示できません.

ASM-HEMTモデルのパラメータ抽出手順 [1]

ASM-HEMTモデルのマニュアルでは,フィールドプレート部分のパラメータには触れず,HEMTのメイントランジスタのみ,しかもDCパラメータの抽出手順が言及されています.図1のパラメータ抽出の流れは,使用する測定データと抽出するモデルパラメータを含んでいます.


図1.ASM-HEMTモデルのパラメータ抽出手順

プロセスパラメータの入力後,弱反転から線形領域のパラメータを高精度に合わせこむために,各物理パラメータを矛盾なく決定しようとしています.そのため,繰り返し最適化を行っています.本モデルは表面電位を基準にできているので,物理パラメータを正確に求める必要があるため,これは重要なポイントです.

ここで求めたパラメータを基準として,飽和領域のパラメータを求めていますが,ドレイン電圧を高く設定したIds-Vgs特性測定データを使用しています.このため,第2掃引変数となるドレイン電圧のステップを細かく設定して,それぞれのカーブについて高精度にフィッティングさせる必要があります.しきい値電圧以下の電流の傾きについて,線形領域とは別の物理効果が表れているため,CDSCDというパラメータによって再度合わせる必要があります.Ids-Vds測定データについては,飽和領域のパラメータのチューニングに使用することになっています.

実際にパラメータ抽出を行ってみると,マニュアルにある上記手法では,飽和領域のパラメータを高精度に抽出することが困難です.特に速度飽和の起こるピンチオフ点が表れにくいデバイスの場合には,Ids-Vgs特性測定データを使用してフィッティングすることは効率的ではありません.回路設計に重要なIds-Vds特性を高精度にフィッティングするためには,Ids-Vds特性測定データを重点的に使用することが必要と感じました.温度効果のパラメータ抽出,ゲート電流モデルパラメータについては後述するMSGモデルのパラメータ抽出方法を用いました.最後に,電流コラプス(Current Collapse(CC))と言われている,トラップに起因したしきい値電圧の変化についてのモデルパラメータについても同様です.フィールドプレートのモデルパラメータは,ドレイン電流測定データを対象にフィッティングパラメータとして最適化によって追い込みました.

等価回路コンポーネントとなっている抵抗,容量,インダクター関連パラメータについてはSパラメータ測定により求めましたが,抽出方法についてはGaAs MESFET, HEMTやRF MOSFETで用いるものと基本的に同様です.

MVSGモデルのパラメータ抽出手順 [2]

MVSGモデルのマニュアルでは,フィールドプレートのパラメータ設定・抽出,シート抵抗,移動度などの物理パラメータの決定方法が細かく記述されています.図2はパラメータ抽出の流れです.


図2.MVSGモデルのパラメータ抽出手順

最初に,メインHEMTのゲート容量,フィールドプレートのゲート容量の抽出を正確に行うために,Coss, Crss, Ciss―Vd容量測定を様々なサイズのテストデバイス,バイアス条件で詳細に行うようになっています.次にコンタクト・シート抵抗測定に伝送長法(TLM),4端子コンタクト抵抗測定法を用いて抵抗パラメータを求めています.その後,線形領域のパラメータ,飽和領域のパラメータを抽出しますが,飽和領域ではASM-HEMTモデルの時とは違い,Ids-Vds測定データを用いています.MSGモデルでは,さらに順・逆方向ゲート電流特性のパラメータ抽出,温度効果のパラメータ抽出も言及しています.最後に,電流コラプス(Current Collapse(CC))と言われている,トラップに起因したしきい値電圧の変化についてのモデルパラメータについて,測定方法と抽出手順が言及されています.
実際にパラメータ抽出を行う場合に,最初の容量測定で用いるTEGを作成することは,リソースの問題などで非常に困難であると思います.そのため,フィールドプレートのプロセスパラメータを入力後,ゲート容量値は概算により入力して,後にドレイン電流測定データと,Sパラメータ測定でモデルパラメータをチューニングする手段を取りました.

ASM-HEMTモデルとMVSGモデルのパラメータ抽出結果の考察

使用したAlGaN/GaN HEMTデバイスの電気特性によって結果は変わってくるため,正確な評価はできません.今回使用したIds-Vds特性においてピンチオフ点が顕著に表れず,自己発熱効果が比較的顕著に表れているデバイスで考察します.
ASM-HEMTモデルはDC特性において,Ids-Vgs特性において線形から飽和領域まで良好にフィッティングできました.また,それほど繰り返して最適化することなく抽出できました.Ids-Vds特性シミュレーションではピンチオフ点がシャープに表れてしまい,測定データの特性と精度よく合いませんでした.この測定データの電気特性における原因が,電流コラプスによるものであれば,ASM-HEMTモデルに搭載されているトラップモデルのパラメータ抽出で解決できるはずです.ですが,今回の実験ではうまくいきませんでした.Sパラメータ上では,等価回路コンポーネントを抽出するだけでS11, S21, S12, S22すべてにおいて高精度にフィッティングできました.これは,チャネル電荷から容量への計算が正確であるためと思われます.
MVSGモデルはDC特性において,すべての領域で高精度にフィッティングできました.特にIds-Vdsでは,細かいカーブの変曲点まで再現できました.Sパラメータにおいては,S→Hに変換してみると明らかでしたが,電流ゲインH21が低くなってしまいました.これは電流特性からチャネル電荷を計算して求めたゲート・ソース容量が大きすぎるためであると考えられます.そこで,MVSGモデルのVerilog-Aソースコードで電荷計算結果と容量計算結果を出力できるように改造しモニターしてみると,実際,大きく計算されていました.

まとめ

今回は,ASM-HEMTモデルとMVSGモデルの標準的なパラメータ抽出手順を紹介しました.また,マニュアルに掲載されていない多くのパラメータ抽出については,モデル式や等価回路を参照して最適化により実施しました.実験デバイスを使用して,実際に両モデルのモデルパラメータを抽出して,シミュレーション結果を比較し,両モデルの特徴を考察しました.
次回は,AlGaN/GaN HEMTを高速・高電力なスイッチング電源回路に使用するための,エンハンスメント型デバイスについて紹介します.

参考文献

[1] Khandelwal, S. Ghosh, S. A. Ahsan, A. Dasgupta, and Y. S. Chauhan, “Advanced SPICE Model for HEMTs Technical Manual (ASM-HEMT 101.0.0),” Sourabh S.Khandelwal and Indian Institute of Technology Kanpur, 2018.

[2] U.Radhakrishna, L. Wei, “MIT Virtual Source GaN HEMT: MVSG Model Manual MVSG_CMC Verilog-A model: Version 1.2.0,” Massachusetts Institute of Technology, Dec. 2019.

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