はじめに
前回は,ASM-HEMTモデルとMVSGモデルの標準的なパラメータ抽出手順と,実験デバイスを使用した両モデルのモデルパラメータ抽出を行い,シミュレーション結果を比較し,両モデルの特徴を考察しました.
今回は,AlGaN/GaN HEMTを高速・高電力なスイッチング電源回路に使用するための,エンハンスメント型デバイスについての技術を見てみます.
高速・高電力スイッチ回路への適用
第5回の“GaN HEMTデバイスモデリングの必要性”で述べたように,現在一般的に開発されているAlGaN/GaN HEMTデバイスは,ディプレッション型(ゲートが0ボルト時にオン状態であるタイプのFET)であるため,スイッチ回路設計において使いにくいという問題があります.
GaN HEMTでエンハンスメント型を実現するためには,いくつかの方法がありますが,本シリーズ記事では①MOSFETのようにゲート絶縁膜を生成してチャネルをコントロールする技術 [1-7] ②ゲートにP型層を生成してホールを注入しチャネル電子を集める技術 [8-12] を言及します.なお,今後断りのない限りN型デバイスを取り上げて説明します.本稿では,①のデバイスについてその構造とモデル開発例を紹介します.
MISゲート構造を用いたAlN/GaN MIS-HEMTとモデル
図1.AlGaN/GaN HEMTの構造簡易図(a)ディプレッション型 (b)MISエンハンスメント型
エンハンスメント型GaN-HEMTが,多く用いられているディプレッション型のGaN-HEMTの構造(図1.(a))と大きく違っているのは,ゲート構造です.図1.(b)はゲートがMIS(Metal-Insulator-Semiconductor)構造になるように,酸化膜を2-D電子ガスチャネルの間に入れて,ゲート電圧によってチャネルをオン・オフできるようにしてあります.
図2.図1のゲート部分拡大図
図3.ゲート容量の等価回路
ゲート部分を拡大すると図2のようになります.ゲート絶縁膜は2層にして誘電率を細かく調整できるようにしています.ここでは実例として,このゲート絶縁膜によって大きく影響する物理式としてゲート容量,実行移動度,しきい値電圧についてモデル式を導出してみます.
ゲート容量のモデル
ゲート容量の等価回路を図3に示します.これはC1, C2の直列接続になります.トータルの絶縁膜容量,Cfm,を図中の記号を用いて表すと,
式(2)のようになります.これにショットキー接合によるエネルギー障壁の容量Cpが直列に接続されます.ACシミュレーションにおいては,そのコンダクタンスGpが影響します.絶縁膜容量の影響はキャリア移動度に影響するので,物理式もディプレッション型のGaN-HEMTと異なり,例えば以下のように導出できます [4-6].
電子移動度のモデル
実効電子移動度, μeff, は2-D電子ガスの移動度に関連しますが,これは低電界移動度, μ0.にも影響されます. μeff はゲート電界とソース・フィールドプレートに抑制され 同時に実行チャネル長,Leff ,によって変調されます [4-6].すると,
表面電位, μs, は,ドレイン・ソース表面電位, ψds, と速度係数, θsat, を使ってMOSFETに似た形で表されます.
ゲート電圧による移動度変調係数, UGate, も,MOSFETのモデルを応用して以下のように記述できます.
また,図1中には省略されていますが,第7回から第9回までに言及したソース・フィールドプレート(SFP)による移動度劣化係数, USFP, はSFPの幅によって正規化されて以下のようになります.
実効チャネル長による移動度変調, Uleff, は以下のようになります.
ここでUSFP, UP, LP はフィッティング・パラメータです.
しきい値電圧のモデル
MOSFETの場合とは違って,ゲート直下のチャネル領域は2-D電子ガスの領域に比べて小さいため,ドレイン電流の増減に及ぼす影響は小さくなっています.実際,しきい値電圧, Vth, のゲート長・幅依存はMOSFETに比べて弱くなっています.多項式よりVth はVds = 0の時のしきい値電圧, VTO,を使って次のように表せます [4-6].
ここでWeff, Leff は実効チャネル幅・長となります. WDEP, LDEPはフィッティング・パラメータです.
既存GaN-HEMTモデルの改造
これまで第5回から第9回までに紹介した,Advanced SPICE Model for HEMTs(ASM-HEMT),MIT Virtual Source GaN HEMT Model(MVSG),Angelov GaN-HEMT Model(Angelov)のVerilog-Aソースコードを改造し,今回のモデル式を入れ込むことはそれほど難しくありません.
ゲート容量についての変数は,”cg”という内部変数で定義されているので,既存のルーチンをオプションとして上記の式をはめ込めばよいでしょう.オプションとしてモデル式が切り替わるようにするために,スイッチパラメータ,例えば,”CGMOD”というようなパラメータを定義して整数0,1で切り替わるようにします.その他の新規パラメータも実数パラメータとして定義することで比較的簡単に作成できます.ε1, ε2を比誘電率として内部で定数定義し,T1, T2がモデルパラメータになります.
電子移動度,しきい値電圧のモデル式も同様に入れ込むことができます.
まとめ
今回は,主に高速・高耐圧スイッチング回路に使用する,エンハンスメント型AlGaN/GaN HEMTデバイスを取り上げました.その一つとして,MOSFETのようにゲート絶縁膜を生成してチャネルをコントロールする技術を用いた,MIS-HEMT構造デバイスとその動作を紹介しました.また,MISによって直接影響するモデル式を導出してみました.
次回はMIS-HEMT構造デバイスのモデル化について,さらに検討します.
参考文献
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, K. Chikamatsu, and K. Nakahara, “Switching Time Characterization and Modeling of AlN/GaN MIS-HEMTs,” IEEE International Conference on Industrial Technology (ICIT2019), Feb. 13-15, 2019, Melbourne, Australia.
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, K. Chikamatsu, and K. Nakahara, “AlGaN/GaN MIS HEMT Modeling of Frequency Dispersion and Self-Heating Effect,” 2018 IEEE International Symposium on Radio-Frequency Integration Technology (RFIT2018), (Aug. 15-17, 2018), Melbourne, Australia.
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, K. Chikamatsu, and K. Nakahara, “A Small Signal AC Model Using Scalable Drain Current Equations of AlGaN/GaN MIS Enhancement HEMT,” 2018 Radio Frequency Integrated Circuit Symposium (RFIC2018) at International Microwave Symposium, Philadelphia, PA, U.S.A., (June 10-12).
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, K. Chikamatsu, and K. Nakahara, “A Scalable Drain Current Model of AlN/GaN MIS-HEMTs with Embedded Source Field-Plate Structures,” 2018 IEEE Applied Power Electronics Conference and Exposition (APEC 2018), (Mar. 4-8, 2018), Texas, U.S.A.
- K.Kurihara, H. Aoki, N. Tsukiji, H. Sakairi, K. Chikamatsu, N. Kuroda, S. Shibuya, M. Higashino, R. Takahashi, H. Kobayashi, and K. Nakahara, “Electron Mobility Modeling of AlN/GaN MIS-HEMTs With Embedded Source Field-Plate Structures.” The 12th International Workshop on Radiation Effects on Semiconductor Devices for Space Applications & The 8th International Conference on Advanced Micro-Device Engineering, Dec. 9, 2016, Kiryu.
- H.Aoki, N. Tsukiji, H. Sakairi, K. Chikamatsu, N. Kuroda, S. Shibuya, K. Kurihara, M.Higashino, H. Kobayashi, and K. Nakahara, “Electron Mobility and Self-Heat Modeling of AlN/GaN MIS-HEMTs with Embedded Source Field-Plate Structures,” 2016 IEEE Compound Semiconductor IC Symposium, Oct. 23-26, 2016, Austin, Texas, U.S.A.
- K.Kurihara, H. Aoki, N. Tsukiji, H. Sakairi, K. Chikamatsu, N. Kuroda, S. Shibuya, M. Higashino, R. Takahashi, H. Kobayashi, and K. Nakahara, “Study on Electron Mobility Model for AlN/GaN MIS-HEMTs with Embedded Source Field-Plate Structures,” International Conference on Solid-State and Integrated Circuit Technology, Hangzhou, China, Oct.25-28, 2016.
- H.Aoki, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Temperature Characterizations of Multi-Unit and Multi-finger Dependencies on AlGaN/GaN Ridge HEMTs," 2022 IEEE 34th International Conference on Microelectronic Test Structures (ICMTS), (March 2022), Cleveland, OH, USA.
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Geometry Independent Hole Injection Current Model of GaN Ridge HEMTs," IEEE International Symposium of Industry Electronics (ISIE 2021), (June 2021), Kyoto, Japan.
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Drain Current Characteristics of Enhancement Mode GaN HEMTs,” 2020 35th Annual IEEE Applied Power Electronics Conference & Exposition (APEC 2020), (March 15-19, Online), New Orleans, Louisiana, U.S.A.
- G.Yagara, H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, and A. Yamaguchi, “Gate Leakage Current Model of AlGaN/GaN Ridge HEMTs,” 2019 Taiwan and Japan Conference on Circuits and Systems (TJCAS 2019), (August 19-21, 2019), Tochigi, Japan.
- H.Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Transfer Characteristic of AlGaN/GaN Ridge HEMTs Used for Power Supply Circuits of Flexible Devices,” IEEE International Flexible Electronics Technology Conference (IFETC2019), (Aug. 11-14, 2019), Vancouver BC, Canada.
(株)モーデックでは,高度なVerilog-Aを含むコンパクトモデル開発,測定,パラメータ抽出システム開発など,モデリングに関する様々なご依頼をお受けいたしております.いつでもお気軽に問い合わせください.