Vol.2 アクティブデバイスモデル開発研究の現状

第13回 GaN HEMTエンハンスメント型デバイスの開発について(4)

はじめに

前回は,AC特性,特に高周波Sパラメータ特性を対象として,MIS-HEMT構造デバイスの小信号等価回路について考察しました.また,信頼性を含めたデバイス特性についても簡単に言及しました.
今回からはMIS-HEMT構造デバイスに相反する特徴を持った,AlGaN/GaN Ridge HEMT(GIT-HEMT)の特徴とモデリングについて考えます.
本稿では,最初にRidge HEMT(GIT-HEMT)の構造と動作原理を確認し,最後に特徴を言及します.

Ridge HEMTのデバイス構造

AlGaN/GaN HEMTをエンハンスメント型にするには,ゲート直下のキャリア濃度を減少させてしきい値電圧をプラス側(Nタイプトランジスタの場合)にずらす必要があります.AlGaN層の薄膜化やAl組成を低減することにより,分極効果によるキャリアの発生を抑制する方法があります.しかし,キャリア濃度の減少とともに2次元チャネル抵抗が大きくなり,オン抵抗が増加してしまいます.オン抵抗の低減は高速・高耐圧トランジスタにおいて不可欠であるので,前回までに言及したMIS構造にする方法は一つの手段となります.
もう一つの方法として,AlGaN/GaNのゲート部分にp型AlGaN層を作り,ゲートからのホール注入によりチャネル部に電導度変調を起こしてノーマリーオフを実現する,ゲート・インジェクション・トランジスタ(GIT)[1] と呼ばれている方式があります.これは,別の呼び方としてリッジ(Ridge)構造とも言われているため,ここからはRidge HEMTと呼ぶことにします.
Ridge HEMTの簡易的なデバイス構造を図1に示します.

図1.Ridge HEMTのデバイス構造

通常のノーマリーオンHEMTとの違いは,AlGaN/GaNヘテロ接合の上にゲートとなるp型AlGaN層を形成している点です.通常では,ショットキー接合のポテンシャル障壁によって制御されているゲート部分を,pn接合とすることによりポテンシャル障壁が高くでき,ノーマリーオフ化,ゲート順方向オン電圧の高電圧化が可能となっています.また一般には高抵抗シリコン(High Resistance Si)基板,シリコンカーバイト(SiC)基板などを用いています.

Ridge HEMTの動作原理

(a)

(b)

(c)

図2.ゲート電圧によるRidge HEMTの動作.
(a) VF > VGS > VTHの場合
(b) VGS > VFでVDS < VFの場合
(c) VGS > VFでVDS ≧ VFの場合

Ridge HEMTの動作 [2-7] を見てみます.
まず,ゲート電圧が0Vの時は,図1に示したように,ゲート直下のチャネルが空乏化しているため,ドレイン電流は流れません.次に図2(a)のようにゲート電圧が正で,pn接合の順方向ビルトイン電圧VFより小さい場合には,チャネルのポテンシャルが下がりチャネルに電子が発生するので,通常のFETと同様の動作をします.
図2(b)の状態では,ゲート電圧がVF以上になるとゲートからチャネルにホールが注入され始めます.電子はヘテロ接合のポテンシャル障壁によりゲートには流入しません.チャネル内には電荷の中性条件のため,注入されたホールと同量の電子がソースから移動します.発生した電子は,ドレイン電圧によってドレインに向かって移動します.一方ホールは電子より移動度が数百分の一であるので,ソース側に少々移動するがゲート近傍に停滞します.電荷の中性条件を満たすために,注入されたホールと同量の電子をさらに発生させることになり,注入されたホール数と発生した電子数の比はほぼ等しくなります.しかし,ドレイン電圧がVFより低い場合には,増加した電子がゲート近傍に停滞しているホールと結合するので,その分ドレイン電流が急激に増加することはありません [5].
図2(c)のように,ドレイン電圧がVFより高い場合には,さらに余分の電子がソースから注入されるためにドレイン電流は急激に増加し,過剰電流(ここではIGITと呼ぶ)が発生します [7].
Ridge HEMTでは,このようにゲート電流が小さいにもかかわらずドレイン電流のみを増加させることになります.これはつまり,ノーマリーオフにできるのみならず,大電流駆動が可能となることを示しています [1].

Ridge HEMTの特徴 [5]

前回までに取り上げたMIS-HEMTでは,しきい値電圧を高くできにくいこと,ゲート絶縁膜の信頼性に問題があることが欠点でした.長所としては,ゲートリーク電流が非常に低くできることや,ゲート電圧によるドレイン電流の制御に優れている(ゲートスイッチング速度が速い)ことがありました.
一方Ridge HEMTは全く反対の特徴を持っています.欠点としては,ゲートリーク電流がMISよりも大きいことや,ゲートスイッチング速度が遅いことがあります.長所としては,しきい値電圧が高くできることや,電子実効移動度が高いなどがあげられます.
現在多く採用されているのはRidge HEMTで,MIS-HEMTにおいては上記のゲート酸化膜界面の信頼性に関する問題から,用途を限定して利用されています.

まとめ

今回はAlGaN/GaN Ridge HEMT(GIT-HEMT)のデバイス構造と動作原理や特徴について解説しました.
次回からはAlGaN/GaN Ridge HEMT(GIT-HEMT)のモデル化について考えてみたいと思います.

参考文献

  1. Y. Uemoto, M. Hikita, H. Ueno, H. Matsuo, H. Ishida, M. Yanagihara, T. Ueda, T. Tanaka, and D. Ueda, “GIT-A Normally-Off AlGaN/GaN Power Transistor Using Conductivity Modulation,” IEEE Trans. Electron Devices, vol. 54, pp. 3393-3399, Dec. 2007.
  2. H. Aoki, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Temperature Characterizations of Multi-Unit and Multi-finger Dependencies on AlGaN/GaN Ridge HEMTs," 2022 IEEE 34th International Conference on Microelectronic Test Structures (ICMTS), (March 2022), Cleveland, OH, USA.
  3. (Invited) H. Kobayashi, H. Aoki, J. Matsuda, Y. Okabe, A. Motozawa, and A. Kuwana, “Modeling Technologies from Analog/Mixed-Signal Circuit Designer Viewpoint,” 2022 IEEE Electron Devices Technology and Manufacturing (EDTM 2022) Conference, Mar. 2022, Oita, Japan.
  4. H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Geometry Independent Hole Injection Current Model of GaN Ridge HEMTs," IEEE International Symposium of Industry Electronics (ISIE 2021), (June 2021), Kyoto, Japan.
  5. H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Drain Current Characteristics of Enhancement Mode GaN HEMTs,” 2020 35th Annual IEEE Applied Power Electronics Conference & Exposition (APEC 2020), (March 15-19, Online), New Orleans, Louisiana, U.S.A.
  6. G. Yagara, H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, and A. Yamaguchi, “Gate Leakage Current Model of AlGaN/GaN Ridge HEMTs,” 2019 Taiwan and Japan Conference on Circuits and Systems (TJCAS 2019), (August 19-21, 2019), Tochigi, Japan.
  7. H. Aoki, H. Sakairi, N. Kuroda, Y. Nakamura, A. Yamaguchi, and K. Nakahara, “Transfer Characteristic of AlGaN/GaN Ridge HEMTs Used for Power Supply Circuits of Flexible Devices,” IEEE International Flexible Electronics Technology Conference (IFETC2019), (Aug. 11-14, 2019), Vancouver BC, Canada.

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