Vol.2 アクティブデバイスモデル開発研究の現状

第5回 GaN HEMTデバイスモデリングの必要性

はじめに

 今回からは近年高速・高電力信号を扱う回路に使用されてきている,化合物半導体である窒化ガリウム(GaN)高電子移動度トランジスター(HEMT)のモデルと特性化解析に着目します.類似している高耐圧回路アプリケーションにおいては,現状,炭化シリコン(SiC)の電界効果トランジスタ(FET)が使用されています.GaN HEMTは加えて,今までガリウムヒ素(GaAs)HEMTが用いられてきた,高周波回路のアプリケーション領域にも有望です.
本シリーズでは,デバイスの詳細を言及するのではなく,GaN HEMTの電気特性解析とコンパクトモデリングについて紹介していきます.筆者を含む,ほとんどのGaN HEMTのコンパクトモデル開発者はVerilog-Aを用いているため,そのソフトウエア開発テクニックも紹介したいと思います.

GaN HEMTデバイス技術

現代の5G無線システムに使用されているRFパワーアンプは、これまで以上に高い性能と矛盾した要求といえる低コスト化を目指しています.これまでLDMOS技術が、以前のセルラー標準では無線アクセスネットワークのRFパワー回路に使用されてきました.しかし5Gの実装に伴って変化しています. GaNは、優れたRF性能と大幅に低い消費電力で勝っています.GaNを使用したHEMT技術が置き換わろうとしています.

(a) LDMOSのデバイス構造 (b) GaN HEMTのデバイス構造図
1. LDMOS とGaN HEMTの断面図 [1]

しかし,問題点があります.

  • 問題点①:主に新しい5G無線回路に使用されているシリコンカーバイト(SiC)基板上に形成されたGaNは、半導体プロセスコストにおいて最も高価なRF半導体技術の1つになっています.

このままでは経済的な理由により,用途に制限ができてしまいます.

GaN HEMT技術の別アプリケーションとして,高速・高電力なスイッチング電源回路がありますが,ここでの問題点としては,

  • 問題点②:ディプレッション型(ゲートが0ボルト時にオン状態であるタイプのFET)であるため,スイッチ回路設計用途に不利という点があります.

近年では,問題点①に対する解決方法として,安価なシリコン(Si)基板上にGaN HEMTを作成するプロセス技術が研究されています.これが標準的化できれば経済性と性能を組み合わせた競争力のあるRF半導体デバイスとなります.現状では,SiC基板以外に高抵抗Si基板などを使用したGaN HEMTの研究開発が行われています.
問題点②に対しては,ゲート構造を改造しエンハンスメント型(ゲートが0ボルト以下ではオフ状態であるタイプのFET)にしてスイッチ回路用途に使用しやすくする技術が研究されています.現状では,MOSFETのようにゲートに絶縁膜を生成する方法や,ゲートにP型半導体を使いホールの注入によって,ゲートのオンオフを制御する方法などが研究されています.

GaN HEMTのコンパクトモデル選択

米国Si2 Compact Model Coalition(CMC)で推奨されているモデルを中心に選択することが一般的ですが,“対象となるプロセス・デバイスによって,その測定データに精度良く合わせられるか”,“使用する回路の動作において高精度でシミュレーション可能かどうか”など,注意深く検証する必要があります.
しかし,社内,所内などの環境ではなかなかそのような検証を行う時間も,リソースもない場合が多いと思います.実際には候補となるモデルについて,その一般的な長所・短所を知って,それによってモデルを選択し,パラメータ抽出を行い,問題がなければそのモデルを使用していくことになると思います.

GaN HEMTの代表的なモデルについて

CMCで推奨されているモデルを含み,よく使用されているのは,Advanced SPICE Model for HEMTs(ASM-HEMT) [2],MIT Virtual Source GaN HEMT Model(MVSG) [3],Angelov GaN-HEMT Model(Angelov)[4]があります.もちろん他にも各大学,研究機関でいくつか存在しますが,上記モデルについては,企業や研究機関で使用したレポートが散見されます.
上記の3モデルは,主にディプレッション型のGaN HEMTを対象にしています.エンハンスメント型 GaN HEMTを対象としたモデルについては,後の記事で言及する予定です.各モデルについての特徴は次回の記事で言及します.

参考文献

[1] Ismal Nasr, “RF GaN on Silicon: The Best of Two Worlds,” Microwave Journal, Nov. 14, 2021

[2] U. Radhakrishna, L. Wei, D. S. Lee, T. Palacios, D. Antoniadis, “Physics-based GaN HEMT Transport and Charge Model: Experimental Verification and Performance Projection,” IEEE IEDM, Dig., pp. 13.6.1-4, Dec. 2012.

[3] S. Khandelwal, N. Goyal, and T. A. Fjeldly,” A Physics-Based Analytical Model for 2DEG Charge Density in AlGaN/GaN HEMT Devices,” IEEE Trans. Electron Devices, vol. 58, no. 10, pp. 3622-3625, Oct. 2011.

[4] I. Angelov, L. Bengtsson, M. Garcia, "Extensions of the Chalmers Nonlinear HEMT and MESFET Model," IEEE MTT Vol. 44, No. 10, October 1996.

(株)モーデックでは、Verilog-Aによるコンパクトモデルの開発に関する内容以外にも、モデリングに関する様々なご依頼をお受けいたしております。いつでもお気軽に問い合わせください。