Vol.6 モデルベース開発のメリットと電子回路設計のフロントローディング化

第4回 モデルベース開発のメリットとその裏側に内在する注意点

第4話では、本コラムのタイトルの一部に使っている「モデルベース開発のメリット」を振り返ると共に、その裏側に内在する注意点についても考察します。

モデルベース開発のメリットと開発プロセス

モデルベース開発(MBD)のメリットは、実際のハードウェアやプロトタイプを作製する前に、シミュレーションとフィードバックを迅速に行えることです。

具体的には、

  • 属人的な経験的開発(差分開発)からの脱却
  • 多くの不具合や課題の早期発見
  • 手戻りの抑制
  • 実機検証でできない対策を講じることが可能
  • 開発リスクや開発費が大幅に軽減

など、一見いいことずくめです。

図4.1は、JEITAの活動の中で紹介されているモデルベース開発のプロセス進化です。従来フローであるウォーターフォール型(V字プロセス)から、進化型開発フローとしてアジャイル型に流れが代わろうとしています。

図4.1シミュレーション技術活用による開発プロセス進化の電子デバイスモデルの円滑な流通を実現するためのJEITA活動のご紹介より引用(スライド11)

歴史的必然性

半導体の電子回路設計では、モデルベース開発という言葉自体は使われませんでしたが、歴史的にみれば、PDKのモデルを使った所謂モデルベース開発が大成功を収めました。初代ドイツ帝国宰相であるオットー・フォン・ビスマルクは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言を残しています。

ちなみに、孫正義氏のプレゼンテーションでは、よく歴史の話が出てきます。これは過去を振り返り法則を共有することで、自社が今後展開していこうとしているビジネスがその延長線上にあるということを訴え、そのビジネスが歴史的視点から見たときに、必ず成功するという必然性と確信(歴史的必然性)を、聴衆と共有し共感することが目的だと私は思っています。

このように、半導体の電子回路設計でモデルベース開発が大成功したので、PCBやシステムの電子回路や電子機器の設計においても、同様に歴史的必然性という考え方で、いずれモデルベース開発を通じてフロントローディング化が大きく前進することは必定、と考えます。

モデルベース開発が進まない理由の考察

では、その前進を妨げているとしたら、それはどのようなことでしょうか?

それは、半導体とPCBの電子回路設計環境の違いを考えれば容易に理解できそうですが、このコラムは、モデルベース開発をテーマにしていることもあり、まずは、モデルの観点で考察してみましょう。

モデルの観点

半導体の世界では、FAB(fabrication facility)やIDM(Integrated Device Manufacturer)の責任のもと、電子回路設計者が必要とする品質のモデルが提供され、その精度は保証されています。しかしながら、PCBの世界では、様々なメーカーの半導体や電子部品を基板に搭載していることもあり、電子回路設計者が必要とする品質のモデルを全てのメーカーから入手できる環境に至っていません。

一般的に、モデルは半導体や電子部品を売るための無償の付属物であり、FABやIDMのようなサポートも受けられません。この10年間でその状況も多少の改善傾向ではありますが、まだまだ十分とは言えない状況です。

全てのメーカー無償モデルの品質をFABやIDMのレベルにまで引き上げることは非常に困難と言わざるをえない現状であり、メーカーからモデルを入手できない場合には、他の入手手段や自らモデルを作成することを考えなければなりません。逆に捉えると、他の入手手段さえ見つかれば、この課題は一気に解決されることになります。

もちろん、費用対効果は考えなければいけませんが、元々フロントローディングはフロントのシミュレーション環境に費用はかかるが、実機検証や手戻りなどを含めた設計開発全体で効果が出るというものなので、フロントの段階だけでシミュレーション導入の判断をすることは避けるべきです。

シミュレーション環境の観点

次に、シミュレーション環境の観点で考察してみます。

半導体の世界では、CadenceのSpectre、SynopsysのHSPICE、Siemens EDAのEldoという高機能回路シミュレータが半導体回路の大規模化や複雑化に伴って凄まじい進化を遂げてきました。しかしながら、PCBの世界では、無償と有償の回路シミュレータが混在しており、現状はまさにカオスな環境となってしまっています。フロントローディングを本気で行うつもりなら、実際の開発規模にあった適切な回路シミュレータを選択しなければなりません。

他にも、基板やユニットの縮退化課題、回路評価測定系の組込み方など様々な注意点があります。これらを全て克服することによって、初めて真のフロントローディングを達成できます。その取組み内容は、社内のノウハウとして永遠に受け継がれ、属人化しない企業の技術財産として蓄積されていくことになります。

第4話はここまで。

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