論文の特徴量抽出とグラフの数値変換

2023.06.23
東北大学金属材料研究所では、研究テーマの一つとして、鉄の窒化処理に関する研究に取り組んでいる。過去数十年間に渡り、数多の研究者が論文発表してきた研究成果を、一つのデータに纏め、AIで解析する国家プロジェクトにおいて、学術論文から、グラフ数値データと特徴量を抽出する膨大な作業が発生していた。本事例では、この作業をモーデックに委託いただいた背景や内容について、宮本准教授にインタビュー形式でお伺いした。

取り組んでいる内容について、教えてください。

過去の技術論文をAI解析する取り組み

文部科学省主導の、データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクトの一環として、鉄の窒化処理と得られる強度についての研究を進めています。具体的には、機械学習を利用することで、これまで数十年間に渡り様々な学者によって発表されてきた研究成果を、一つのプログラムに集約したモデルを作成します。これにより従来は人間の経験と知識に頼っていた部分を、モデルから予測し、用途に応じて最適な鋼の特性と最適な処理条件を即時に得ることができます。

どのような課題が発生していましたか?

AI解析したいが、手元にあるのは大量のPDFだけ…

機械学習によりモデルを作成するためには、正確な数値データが必要です。時間と人数が限られる中、470ページにも及ぶ論文集から機械学習用のデータ抽出を自前で行うのは、困難でした。具体的には、CSV形式のデータフォーマットに整理し、様々な実験条件ごとのデータを纏める必要がありました。また論文にはグラフで記された情報も多く、効率的に数値を読み取ることも求められました。限られたリソースを考慮すると、外部に作業を委託する必要がありました。

モーデックに依頼した背景を教えてください。

最初はダメ元で相談、打合せしてみて任せたいと思った。

論文内にはグラフの情報が非常に多かったので、初めはグラフから数値を取得する技術を持った会社を探しました。しかし、そのようなサービスを請け負っている会社は見つけることができませんでした。モーデックではグラフから数値取得するソフトウェアを開発していたので、ダメもとで問い合わせしてみたところ、快く引き受けてくれました。モーデックは電気電子の会社で、材料は専門外でしたが、打ち合わせしてみてエンジニアリング力があると感じ、論文の読み込みや数値データ抽出も実現できると考え、依頼することに決めました。

具体的な依頼内容や、対象の論文について教えてください

計473ページの論文から、560,000個のデータ抽出

大量の論文を読み込んで数値データを抽出し、一つのExcelファイルに纏める作業を依頼しました。論文によって前提条件や実験条件が異なる点に留意してもらいました。また論文中に出てくるグラフは、元データが存在せず、画像としての情報しかありませんでした。そこでモーデック社が自社開発している、グラフ数値化ソフトRODEMを利用した数値に変換する作業も依頼しました。

専門性の高い、鉄の加工と硬度の研究論文が対象

様々な条件で鉄の表面に窒化処理した際の、鉄表面の硬度と深さ分布についての論文が対象です。
右図は論文から条件抽出した具体的な数値データの例です。ここで紹介しているものは一部ですが、実際には55もの項目がありました。

実際に依頼してみて、どうでしたか?

リーズナブルな費用と短納期での対応、また依頼したい

予想よりも費用が安く、また短時間で納品してもらえたので、依頼して良かったです。
自前で作業する余裕が無かった中で、かなりの解析量に対し、スピード感のある対応をして貰い、とても助かりました。
新しい取り組みだったので、色々な企業に問い合わせしましたが、「やります」と言ってくれる企業がなかなか見つからなかった中で、今回の依頼により、プロジェクトがスムーズに進みました。
今後も大量のデータの変換が必要な際には、依頼を検討したいです。

東北大学金属材料研究所(KINKEN)のお取り組み

世界基準の構造材料を研究

1916年に発足した金属材料研究所は、鉄鋼の研究をミッションとしてスタートし、世界の構造材料研究を牽引する研究組織として、次の100年を見据えた革新的な材料科学研究に取り組んでいます。
現在取り組む研究課題の一つに、「耐疲労表面硬化材料プロジェクト」があります。具体例を上げると、次世代自動車に用いられるモーターには高トルクに耐えうるギアの小型化と軽量化、ノイズ低減の課題がありますが、これらを解決するために、ギアの表面硬化処理を従来の炭素から窒素に置き換えるための研究を進めています。歪みのないギアを低コストで作るべく、添加元素と加工プロセスの最適条件を示す高精度な予測モデルを確立することが一つの目標です。

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複雑な機能を有する『コイル一体型降圧DC/DCコンバータ』モデルの活用と派生品モデルの作成

2022.05.05

問題点

グローリー株式会社での電気設計に関して、回路シミュレーションに対する取り組み状況

弊社では、30年以上前からspice系の色々な種類の回路シミュレーションを使っていましたが、一部の設計者しか使っておらず、それに使用する部品モデルは個人管理でした。 その後2015年からは電気設計の品質向上と効率化に向けて、シミュレーションの精度に影響する部品モデルを共有し、だれでも同じシミュレーション精度が得られるようにする活動を進めてきました。 SPICE活用例やモデル入手例を以下に紹介します。

<回路シミュレーションの活用>

  • 新回路構想時の動作確認
  • 新回路設計時の部品の妥当性確認、バラツキ確認
  • 新回路確定時の設計検証
  • 設計変更時の設計検証
  • 回路不具合の調査、対策検討 図1参照

<目的>

電気設計の品質向上と効率化

LED発光回路の応答性不具合対策の事例

2015年から進めていた回路シミュレーションの活用として、まず不具合調査と対策を施した例を紹介します。図1左側が理想回路Simの結果ですが、実機では応答性が悪い結果が得られました。
実機の結果をSim上で再現するために、U3のリークが増えたと想定して抵抗(R8)を追加し不具合の再現したものが、図1中央となります。
また、U3のリークが増えても応答性が悪くならないための対策として、図1右側のようにsim上で抵抗(R10)を追加した検証を行い、その後実機に対策を施すことができました。

図1

解決策

MoDeCH社ライブラリの利用(1)

2019年からMoDeCH社とModel On!の契約を開始し、ICモデルやDiscreteモデルの調達を進めてきました。( 図2参照)
ICモデルはデバイスのデータシートからモデリングする技術で、コイル一体型降圧DC/DCコンバータXCL214B103のモデルも入手できました。図右側は動作検証した結果です。
複雑な機能を有しているので納品時には動作異常が確認されましたが、フィードバックした後にサポートいただき、迅速に解決しました。 (図3参照)
図2図2
図3a 対象 IC の内部構成図3a 対象 IC の内部構成
図b図3b

MoDeCH社ライブラリの利用(2)

MoDeCH 社から納入された部品モデルから、その IC のシリーズ品のモデルを作成した事例です。
MoDeCH 社作成の TLV1117CKVURG3(出力電圧可変タイプ)モデルは暗号化されていますが、それを利用して TLV1117-50C(出力電圧 5V 固定タイプ)の派生品モデルの作成に成功しました。
図4 作成したモデル 図4 作成したモデル
図5 TLV1117CKVURG3(出力電圧可変タイプ)のSim結果 図5 TLV1117CKVURG3(出力電圧可変タイプ)のSim結果
図6 TLV1117-50C(出力電圧5V固定タイプ)のSim結果 図6 TLV1117-50C(出力電圧5V固定タイプ)のSim結果

数値化ソフトウェアRODEMの活用事例

2022.05.20

業務上発生していた課題について

高圧6,600ボルトの電気設備は機器類の経年劣化故障や落雷・台風などの自然現象で損傷、樹木や鳥獣の接触などの様々な原因により地絡故障に至り、停電事故が発生する。こうした停電事故対応では原因を素早く究明して故障箇所の早期復旧をする必要があるため、30年以上前から全世界で研究や調査が行われてきたが、故障波形から原因を究明する方法は未だ実用化には至っていない。中部電気保安協会はこれまでに収集した地絡故障の零相電流データ数百件を新たなAI手法で解析するために紙のグラフで保存されていた波形データを、①時間をかけず、②正確に、③低コストで、量子化する必要があった。

人財・技術開発センター武村順三様
中部電気保安協会人財・技術開発センター(正面入り口)中部電気保安協会人財・技術開発センター
(正面入り口)

グラフの特徴について

地絡故障により生じる零相電流の波形は、主に①正弦波、②三角波、③針状波などの特徴的な様相ではあるが①〜③がミックスされる場合もある。またこれらデータ大きさ(Y軸方向)は一定でなく不安定な振幅となり、サンプリング時間(X軸方向)も数マイクロ秒〜16.7ミリ秒と一律ではなく、かなり複雑な様相を呈している。過去から取得してきたデータは紙で保存されていたため線分の粗さや解像度の悪さなどを補正する方法も課題であった。

取り組み内容と手順

紙グラフをスキャナで電子データに変換(.jpg/.bmp/.pdfなど)。その後RODEMにより画像を量子化(.CSV)データを取得。独自のPythonプログラムで目盛り(X/Y軸のスケール)を正規化したグラフ作成:データクレンジング(グラフ再構成)した後、作成したデータを教師データとしてAI(機械学習ML/深層学習DL)による故障原因の推定を実施。
実際に利用されたグラフの例を図1~4に⽰す。

図1 正弦波のような形状の零相電流波形
図2 三角波のような形状の零相電流
図3 針状波のような形状の零相電流
図4 正弦波と針状波をミックスした形状の零相電流

RODEM導入の効果について

RODEMには優れたグラフ自動検出機能があるため、人が作業にかける時間が非常に短く済んだ。またマウスによる手作業で調整する機能もユーザビリティに優れていて、感覚的に作業できるため、誰でも同じように高い精度でグラフの量子化ができた。プロジェクト管理機能により、一度量子化したデータも後で修正できることの恩恵も感じている。さらに既述のとおりX/Y軸方向デー
タの大きさが一律ではないものの、RODEMの優れた目盛り合わせ(スケーリング)機能によって正確にグラフを量子化(.csvデータを取得)できたので、効率的にAI解析を実施することができている。

RODEMへの改善要望

正確に元画像をトレースして量子化するために24インチ以上の大型モニターを購入しましたが、これは必須アイテムとなりますのでカタログなどの注意書きに記載していただくと助かります。

中部電気保安協会人財・技術開発センター(ドローン撮影)中部電気保安協会人財・技術開発センター(ドローン撮影)

 

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電源設計におけるシミュレーション活用とノウハウの蓄積

2022.06.23

問題点

電源基板設計の自社ノウハウ化と効率化

外部業者に設計を依存していると、電源メーカが撤退した際に設計がやり直しとなり非効率でした。

自社で設計ノウハウを蓄えることで、委託メーカが変わっても回路や部品を流用することが理想ですが、基板設計においてノイズや発熱等の課題があり、試作のやり直しが発生していました。

そこで、回路シミュレーションを利用した設計効率化に取り組みました。

電源基板設計の自社ノウハウ化と効率化

しかしながらシミュレーションに必要な正確なデバイスモデルの入手には課題がありました。
そこでメーカから入手できなかったり、精度が不足するものはモーデック社から入手しました。

デバイス別 モデルの課題

デバイス種類 状況
スイッチングFET メーカ製モデルと実機波形で差異がある。海外製部品のモデルが手に入らない。
電源制御IC メーカがモデルを提供しておらず手に入らない。
フォトカプラ メーカがモデルを提供しておらず手に入らない。提供されている場合にも精度が不足。
トランス 実機と自作モデルで波形が異なる。また測定値が安定しない。
コンデンサ バイアス依存特性で波形が異なる。

取り組み課題

①AC-DCスイッチング電源回路のシミュレーション

最初のStepとして出力電圧の再現や、回路動作の確認を目的とし、正しい型番の部品モデルを揃えてシミュレーションしました。入手できないモデル(図中の赤点線で囲ったもの)はModel On! サービスを利用してデータシートから作られたモデルを入手しました。

AC-DCスイッチング電源回路のシミュレーション

結果

・ 実機の挙動をシミュレーションで再現することができました。
・ モーデック社のサポートにより、ブラックボックス化していて動作の理解が困難であった制御ICモデルの理解が進み、
回路全体の理解を深めることに繋がりました。
・ 実機と動作が異なる場合の解析手法のアドバイスにより、原因究明とその解決がスムーズに行えました。

電源基板設計の自社ノウハウ化と効率化 シミュレーション
電源の立ち上がり時の挙動を、シミュレーションで再現することができました。
電源基板設計の自社ノウハウ化と効率化 シミュレーション
実機で発生しない発振がシミュレーション上で起きた際に、モーデック社と協調して原因解析し、周辺部品の機能や精度不足が判明しました。
課題のあった部品モデルはModel On! サービスで追加作成することで、解決しました。

②熱やノイズの再現を目的としたシミュレーション精度向上

実機検証において特に課題となるノイズや熱をシミュレーションで再現するため、精度の向上に取り組みました。
そのために必要な精度の高いモデルを、モーデック社に測定とモデル作成を依頼し、入手しました。

利用したモデル

電源制御IC、フォトカプラ、シャントレギュレータ、ダイオード Model On! を通じて入手(データシートに合わせこみ)
トランス、MOSFET 受託サービスを通じて入手(測定結果に合わせこみ)
パッシブ等、その他の部品 メーカー製モデルを利用

スイッチングMOSFET トランス

結果

・ノイズシミュレーション
基板やパッケージ等の寄生成分を考慮することにより、電導ノイズの再現において重要なファクターとなるスイッチング時のサージやリンギングをシミュレーションで再現することができました。

ターンオフ時のサージとリンギング 実測とシミュレーション
ターンオフ時のサージとリンギング 実測とシミュレーション

実測値とシミュレーション結果を近づけるための手法についてモーデック社からの適切なアドバイスによりスムーズな解析が実現しました。

プロービングの方法等の測定方法のアドバイスにより、適切な測定結果を得ることができました。

周辺のセラミックコンデンサのモデルや、配線寄生成分の高精度化により、更なる精度向上が見込めます。

・熱シミュレーション

スイッチング損失を少ない誤差で見積ることができるようになり、熱シミュレーションの精度が向上しました。実測値82.2℃に対して、シミュレーション値67.2℃であり、流体や筐体の考慮が必要なため完全には一致しませんが、部品変更時等、相対的な予測に十分活用できる結果です。

FET スイッチング損失 実測とシミュレーション
FET スイッチング損失 実測とシミュレーション
FETのスイッチング時の損失をシミュレーションで見積もるためには、電流電圧波形の再現が必要ですが、左図のように実測データに合わせたシミュレーションモデルを使用することで、各部品の発熱を精度よく見積もることができました。

今後の課題

■幅広い部門への展開
・ 今回適応した製品以外の当社製品開発においても、シミュレーション活用を水平展開していきます。

■シミュレーション時間と精度
・ シミュレーション時間を短縮し、より実際の設計に活用しやすい方法を確立する必要があります。
・ 基板の寄生成分も含めたシミュレーションにより、より実測に近い結果を再現することが今後の課題です。

シミュレーション活用による
ディレーティング検証

2022.08.09

問題点

部品変更時の検証不足

電子部品の故障確率は右図バスタブ曲線のように、時間と共に上昇しますが、その寿命はアレニウスの法則に従い熱の影響を大きく受けるため、十分に検証する必要があります。通常は設計時に最大定格を保証する試験や、温度上昇試験を行いますが、EOL(部品の製造中止)やValue Engineeringによる代替部品検討時には簡易的な確認で済ませることがあり、検証漏れによる製品リスクを孕んでいました。

<具体例>

  • スピード対応の要求により主要SPECのみ確認
  • 動特性の差により動作波形やディレーティングに乖離が発生
  • 最大定格に対するマージンや発熱量の差により、製品寿命が短くなる

変化点を全て網羅して設計計算・実験を行い判定することが理想ですが、人海戦術では管理漏れやスキル差が課題だったため、SPICEシミュレーションを活用した検証の自動化に取り組みました。

しかしながらシミュレーションに必要な正確なデバイスモデルの入手には課題がありました。 そこでメーカから入手できなかったり、精度が不足するものはモーデック社から入手しました。

Model On!サービスでは定期的にモデルが追加され、メーカー製モデルとモーデック製モデルが用意されているので、ワンストップで入手でき、レアなモデルも受託サービスで入手することができました。

取り組み課題

AC-DC変換回路におけるシミュレーションとディレーティング検証

絶縁型フライバック回路の負荷変動の影響をシミュレーションしました。各ノードの電圧を監視し、実機との相関を確認することで、部品ストレスの影響をシミュレーションで予測しました。

利用したモデル

電源IC、フォトカプラ、シャントレギュレータ、ダイオード Model On! を通じて入手(データシートに合わせこみ)
トランス 受託サービスを通じて入手(測定結果に合わせこみ)
パッシブ等、その他の部品 メーカー製モデルを利用

結果①

電源解析時のキーポイントである、起動時の電流増加の様子や、負荷変動時の過渡的な影響をシミュレーションで確認し、設計にフィードバックできるようになりました。

 

電源起動時に発生する起動電流をシミュレーションで再現しました。設計時に見落としがちなポイントであり、シミュレーションにより容易に確認・対策ができます。
電源ICのソフトスタート機能が確認できます。
負荷を変更した際の電流電圧の様子をシミュレーションで確認しました。
負荷変動時の評価をシミュレーションにより事前に実施できるようになりました。

結果②

CADとシミュレーションを連成した環境を構築することで、ディレーティングを判定するシステムを構築しました。
SPICEで計算した電流と電圧から電力を求め、マクロ処理でディレーティングを計算します。
その結果をユーザ基準と比較することで、OK-NGを判定します。
また消費電力を熱シミュレータへの入力として用いることで、輻射熱の評価も可能です。

今後の課題

■シミュレーションを活用するエンジニアの拡大

  • エンジニアが使いやすいように、モデルを集中管理して関係部署で共有化することを目指します。
  • 部門ごとにシミュレーションを活用する責任者の設置や社内教育を実施していきます。

 

■活用アプリケーションの拡大

  • 実践的な部品バラツキまで考慮していきます。
  • ノイズ解析や対策にまで活用範囲を拡大することを目指します。